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2015/03/17

あたらしい時間の始まり


 年が明けて2週間が経つ頃、出産予定日にほとんど狂いなく、私の体から赤ちゃんが産まれてきました。

 何か月も毎月毎週と通い続けた産科のエコーは、お腹が大きくなるとともに画面がまっ黒になってきて、ポンポンの臨月の頃はとうとう、渡されたエコー写真は宇宙の星屑のようになってしまいました。

 「もうすぐだね」「楽しみだね」と周囲に言われ続けても、私は自分のお腹の中がどうなっているのかピンと来なくて、ピンと来ないままとうとうその日が来てしまい、まるでいつか見たドラマを自分が主役で演じているような、そんな不思議な気持ちのまま分娩台に乗り、ドラマで見たそのままの感じでお産がすすみ、見たことがあるような赤ちゃんが突然この世に出てきました。

 その瞬間 ピカっと突然ひらめきのような感覚があって、すべてが腑に落ち、安堵と確信がどどどと私の体中に広がりました。あれは何だったんだろう。


 服を作る仕事に就いて何年も経って、一年は春夏、秋冬の展示会にふりまわされながら瞬く間に過ぎ、ファッションの事ばかり考えて私も歳をとってきました。

 気分がいい時はそのバカバカしさと難しさと儚さが楽しくて、気分が悪い時はそのすべてがつまらなく、春夏秋冬、季節と時の流れは私にとっては、ただ展示会を重ねていくだけの事でした。

 
 子供が産まれて、初めての春が来ました。

 私にも、新しい時間と季節がとても久しぶりにやってきました。

  


2014/02/25

港区渋谷区杉並区

 地方出身の人なら大抵の人は10代の頃同じ気持ちだったと思いますが、東京は大都会でとてつもなく格好良くて、計り知れない夢の街でした。私は静岡の東部出身なので、実際ほんとは距離的にはそれほど遠くなかったのですが、精神的な部分での距離感がすごかった。

 高校生の私は、当たり前のように大学入学で東京に出るつもりだったのに、何故か全く上手くいかず、住むことをイメージしたことも無かった北陸の大学に行くことになりました。
  さあやっと卒業だという段になったら何故か全く就職活動も上手くいかず、ああ、こうやって絵が上手いだ天才だ、美大出ただの才能がどうだの言っていても、人は普通の人になっていくんだなとしんみりして、最後の最後でやっぱりもう少し「変わった人」になりたくて私はロンドンに行くことにしました。

 まるまる3年、お金がなかったので日本に帰ることができず、帰国してとても久しぶりに日本の東京に降り立ったら、500円玉の大きさが変わっていました。 TOKIOの長瀬君が少し大人になっていて、欽ちゃんが3年前より老けていました。日本の人は皆とても小綺麗で、私はロンドンに居た時は平気だったのに、自分が着ている古着のカーディガンの袖口の穴が気になりました。


 
 帰国してすぐ、どういう訳か立派な会社に就職が決まりました。ああ、これで人生がやっと上手く行くんだ、と 私は初めて、将来の不安でいっぱいだった毎日から逃れる事ができました。でも毎日失敗しても失敗しなくても怒られるし、何かの為になるとも思えないような雑用ばかりで、居る必要もないのに残業させられ、ああ私は何をやっているのだろう、と思いながら廊下の窓から港区海岸の、東京のキラキラした夜景を見て、

(でも私は東京でデザイナーをやっている)

と何度も思いました。

 
 転職した次の会社は、びっくりするくらい私を自由にしてくれて、しばらくすると私はその自由が本当の自由ではないことにとても疲れてきました。自由に何でも作れでも一人で、自由にやれでも売れないとだめだよ、毎週月曜の朝の会議でのだんだん下がっていく自分のブランドの売上報告がつらくて、そして会社の誰一人その下がり続ける売上に対して何も言わないのが怖くて、でもそう簡単に辞めることもできないし、辞める理由なんてあるの?

(だって私は東京の渋谷でデザイナーをやっているんだよ)

と何回も何回も思いました。 大きな窓から見える渋谷の空を見ながら、私はなりたかったデザイナーにはなれたんだからこれでいいんだ、自分の事を過信していたけど、こんなもんだったんだな、とまるで老年のように諦め、この先もずっとずっと続くであろう年4回の展示会に振り回され、作れと言われている型数をこなすために悩み、ロボットのように仕様書を書く日々を憂いていました。



会社を辞めて何年も経ち、会社勤めも会社勤めじゃない生活もどちらも大変だなと思っています。
今でもちゃんと会社勤めできるような気もするし、仲間がいるのは羨ましい。

だけど私はやっと、(私は東京でデザイナーをやっている)と自分に言い聞かせなくても、窓の向こうを見てため息をつかなくても、毎日を過ごせるようになりました。



 

2014/01/26

日常

 大抵の人は毎日同じようなリズムの生活を送り、昨日も今日も、明日も明後日も同じ時間に起きて、行くべきところに行ったり、するべき仕事や勉強をします。

それは日本にいるからそうなんだと思いがちで、めくるめく夢のような毎日を送りたくて、海外に行きたいな〜とか夢想しがちなのはきっと私だけではないでしょう。

  それなのに、ワクワクしながら飛行機を降りてホテルに着いて、そこを拠点に動き始めると、なんとそこからまた退屈しきっていた「日常」が始まるのです。



 私はこの数日間、朝7時に起きて最寄りの駅で急ぎ足で8番線に乗り、マドレーヌという駅で12番線に乗り換えます。まるで一年前から同じようにそこを歩いていたかのように。

 それは全く、西荻窪から中央線に乗って、新宿で山手線に乗り換えるのと変わらなく、私はいつものようにボンヤリと立ったり座ったりしているだけです。

 映画の中で見ていたメトロが、写真の中で見ていた街角が、私の日常の中にスコンと入って来て、それが丸ごと私の日常に入ってしまう瞬間の呆気なさにいつも驚きます。そう、どこに居ても私が私である限り、そうそう日常は変わらないんだ、と気がつくのです。




  昔 ロンドンに住んでいた時、お金がなかったのでバスでバイト先に通っていました。家の近くのバスターミナル始発の139番のダブルデッカー、2階の一番前の席で出発を待つのが私の朝でした。

 将来の展望もなく、お金もないし、不安でしょうがなかった毎日。でも139番のバスの大きな窓から広がる、朝のロンドンの街を見ながら、「この景色の中に自分が居られて幸せだ」と毎日思った事を思い出します。


 日常ってそういう事だよな〜と、私はあのバスに乗っていた日々の事を思い出します。




2014/01/25

パリ

 今 パリに居ます。

昔 まだ大学1年生だったころ一度だけ来たことがあるのだけど、私が若くてちっぽけだったせいもありますが、フランスの人は頑なに英語を喋らない、意思の疎通をしようという意思が見えない、超感じが悪い人たち、という最悪の印象しか持っていませんでした。


ところが、




今回えらい久しぶりにおっかなびっくり来てみたら、すごくフレンドリーだし歩きやすい楽しい街。巷にいるフランス好きを自称する人たちの気持ちが、唐突にガツンと理解できてしまいました。


私はなぜもっと早くこの街に来なかったんだ、と自分に怒りすら湧いてきます。

 フランス好きでフランスに短期留学とか行ってしまう人は、大抵ちょっと面倒くさい人が多かったので、あーやだやだと煙たく思っていましたが、時間とお金とあと何かに余裕があれば、もしかして私も短期留学したいくらいです。

あー、楽しい。


2012/01/18

今年もよろしくお願いします

明けましておめでとうございます。2012年もよろしくお願いします。
さて今年は何をやりましょう。今のところまだまだヤル気は湧いてきません。




私のここ2カ月くらいの日常は、春夏物の納品に合わせてお人形などをひたすら制作をしている、非常に地味なもんです。

地味な私は置いておいて、正月に行ってきた花鳥園での写真をUPし、新年早々お茶を濁したいと思います。


富士の花鳥園にいってきました。




ペンギンがカモのように泳いでいて、しかも人間を完全にシカト。触りたきゃ触れよって感じで自由にしていました。なんとなくツルリと硬い印象を持っていたけど、柔らかくてふかふかして、やっぱりペンギンって鳥なんですね。


エミューがたくさんいました。オソロシイ顔しているけどとっても大人しい。何やらものすごく脚が速いそうです。



色がかっこいい。私は黒は着ませんけどね。
 



なんでフクロウってじっとしているんでしょう。下の木から一体型の木彫りっぽい。
 

富士の花鳥園にはフクロウが沢山いるんです。
 元日の夕方に行ったんですが、ちょうどフクロウの餌の時間にあたってしまいました。
ケージの中の餌箱には何羽ものヒヨコが横たわっていて、新年早々鳥好きのオオイシ家は大ショック。

「鳥が鳥を食べるなんて・・・」と動揺する私の横で、何でも重く考えてしまう母は
「このヒヨコたちは一体何のために生まれてきたのかしら・・・・・・」とすっかりどんより。


その後もその衝撃的な場面が忘れられす、一日で何羽のヒヨコが食べられるのだろう、鶏肉を餌にするのは100歩譲ってよしとしても切り身ではだめなのだろうか、などと話ながら花鳥園をあとにしました。


一つ新年にあたっての助言をみなさんにできるとしたら、花鳥園に行く時は餌の時間は避けたほうが無難かもしれない、ということです。

2011/08/29

家のこと、家具のこと

 
毎日必死に仕事をしていたら、もう8月も終わりになっていました。あらあら。

そんな私が、夏の間ほとんどずっと過ごしていた部屋の事を、自慢気味にお知らせしましょう。

まず、家具。私が今回の引っ越しの時に心に決めていたのは、『好きな家具を作ってもらいたい』という事でした。
家具って利便性から必要に迫らせて買うことが多くて、仕事と生活が一体化しているとそれは尚更。
私はこの際、初めから ”多少不便でもいい”と思っていました。
もう便利さなんてダサいダサい。

といって作ってもらった家具を紹介すると、なんだか機能的に劣ってるけど、みたいに思われてしまいますね。
そんなことはないよー。
一番初めに作ってもらったのがこの靴箱。 もうサイコー、サイコーにカッコ良い。
なるべくお金をかけないように(そこはケチ)、カラーボックスなど、既成のものをなんやらかんやらしてポンポン積み上げて出来ています。

 





その次に、机をちょいちょいっとやってもらいました。以前展示会用に作ってもらった机を、ミシン台として使うためにちょっと奥行きを狭くしてもらいました。



その次にキッチン部分と仕事スペースの区切りの役も兼ねて、食器や電子レンジを収納するカウンターを作ってもらいました。行き場がなかったプラゴミ袋も収納できるようにしてもらいました。プラゴミ、かさかさ多くなっちゃうもんねー。




最後に、生地の切れっぱしや、針やボタンやあれやこれやを入れる棚を作ってもらいました。これも、古い引き出しやカラーボックスを利用して、デコボコツギハギになっています。ちっとも壊れてくれないEPSON複合機も居場所をやっと見つけることができました。よかったよかった。

こんな素敵な家具を作ってくれたのは、FLANGEの上田さんです。

http://www.flange-web.com/index.html

上田さんの家具は学芸大学のバーデンバーデンや、代官山のcoccaにありますよ。



今はじめて上田さんのブログを見てみましたけど、驚くほど読み応えがないです。


2011/06/20

香港の結婚式

 ちょうど一週間前、ロンドン時代の友人Makinの結婚式に出るために香港に行ってきました。
彼と私は大学の寮に住んでいて、しかも同じフロアの住人。夜中に何回も私の部屋にミシンを借りに来る彼にちょっと面倒くさくなって、わざと下着姿でドアを開け、3メートル飛び上がらせた夜もありました。

そんなうぶなMakin がとうとう結婚。私はMakinを心から尊敬し、大好きなあまりに彼になりたい、と思っているくらいなので、心中は穏やかではありません。

「相手はどんな女なんだいっ」 


きれいな人です。くっ!

彼と彼女は3か月前に出会ったばかり。なんだろうねえ、びびっときたってまさにこの事なんでしょう。

占い師さんにも、Makinにも、新婦のお友達のナホコさんにも言われたんですが、
そういうの、本当にあるらしい。だけど、昔バイト先のお客のオジサンが「世の中には自分にピッタリのパートナーが必ずいると思う、だけど、そういう人に必ずしも出会えるわけではない、自分は出会えなかった」って語っていた言葉も同時に頭のなかを駆け巡ります。

寮の仲間で撮ろう!という事で記念撮影。
正直なところ、この中に二人知らない人がいます。寮にいた?


披露宴は外でテーブルを囲んで。隣の席の男が、「香港のとても伝統的な料理、僕も食べたことないよ」って言っていたけど、ホントかよって感じの闇鍋感たっぷりな料理。海産物から鶏肉、野菜、シイタケ、何でも入っています。あれ何だったんだろう、私も初めて食べました。

鍋用のコンロのガスがこれ、デタ意味不明の「の」。
町でよく目にする「優の良品」(お菓子のブランドらしい)しかり、中途半端な日本語を混ぜた看板をよく見かけます。
かっこよく見えるらしいよ、日本っぽくて。

夜中3時まで外でだらだら。皆香港や台湾の人なので、この時私はウォン・カーワイの映画の出演者気分です。


束の間の夢のような香港週末。
これから香港に行く人に注意したい点は、蚊が多いのと、めちゃくちゃ蒸し暑いってことと、ホントに陽に焼けるから気を付けな、という事です。「この音は何?」ってアメリカ人の友達の彼が聞きました。セミだよセミ。

今回発見したことがあります。
それは、中国系の人は丸顔だ、という事。
頬がこけて顎がとがっている人はすごく日本っぽいようす。そんな人は是非中国方面に行ったらよいと思います。
もてるんじゃないでしょうか。

2011/04/27

地震の前から今日まで

今日は占い師さんから「今はモテキ」と言われてほくほくなので久々の更新です。



地震で予定がだいぶくるってしまったのですが、4月1日から自由が丘のシャンブル ドゥ シャームのウインドウディスプレイと、限定エコバッグなどを作りました。エコバッグは地震の日にうちに届いて地震の後に不安の中で色を塗っていました。

夏に公開されるYKKのWEB用のCMの衣装なども、11日の夜中に納品しました。「今からそちらに取りに伺います」と電話をもらった時、え?正気?と思いました。ねえ、そうでしょ。


何もする気になれない数日間があって、みんな自粛でいろんなイベントがなくなってしまうしこんな時期にこんな商売って一体どうなの?って思うことも多かったんですが、私の仕事はこれなので仕方ありません。私は生活必需品じゃないものを作るのが仕事なんですから。

今 展示会も終わっていつものように仕事をしているけど、
何が変わったのかなあ。 
心の中で何かがぐるんとひっくり返って意識変わったって感じたような気もしたけど、その変化がもう日常で平常の私になったのか?


この半年を振り返ると、

久しぶりに行った懐かしのロンドンが100年に一度の寒波で散々だったこと
ついでに寄ったヘルシンキのとっておきの一日がたまたま祝日でゴーストタウンのようだったこと
空港に行ったらフィンエアーがストライキでまさかのタイ→香港→成田という帰路
成田に着いたら私の荷物届いていないし
家に着いたら立ち退きの通達
しばらくしたらインコのピースケの訃報

そして地震があって、

なんだかもう疲れる事ばかりで疲弊していました。

だからもうこれからはしばらくは、いいことばっかりな気がしてなりません。
いつも思うのは、何でもプラスマイナス0にできているということ。
私は立ち退くし、新しいインコ、ピヨ介(ちゃんと違う名前です)がいます。

5月2日で会社を始めて丸3年です。
ちょうど3年前、急な退職(辞める気なかったのに)と立ち退きが重なって(そう、立ち退き連続です)
今のところに越してきて会社を始めることになりました。

私はあの時の決断を何一つ後悔していないし、決断のきっかけをくれた様々な悪い事に感謝をしています。

今の決断もきっとそうでありますように、私も皆さんも。

























ピヨ介、マチ針を針山から抜いて満足気な様子の図。
私はお怒りです。ほんとに怒ってます。

2011/02/01

最近のこと

ロンドンからの帰路の不幸っぷりから(フィンランドエアーのストライキで計らずも世界一周規模の帰路の複雑さ)、家の立ち退き(帰国翌日に通達あり)、愛鳥の死、年末の数々の苦難を乗り越え、今ようやくたまにはブログくらい書くか、くらいの気持ちになってきました。


やはり展示会後の旅行のしわ寄せか? しわ寄せは2カ月も続くのかどうかは疑問ですが、
未だにシワに寄せられています。このままではまずいので、明日の朝からはもっと先の事も考えたいところです。



さてさて、春夏商品も全然納品できていないのですが、もうすぐ久々の合同展示会roomsがやってきます。私は何しろ目先の納品に追われているので展示会の事はほぼやっていないのですが、什器は頼んでいるんです。



昨日は打ち合わせに什器を作ってくれるFLANGE さんの作業場に行ってきました。
オソロシイ鉄の塊に囲まれたスペースです。


私はいつもミシンを使っているとき、ああ、このまま指まで縫ってしまったら中学の時の市川さんと同じだな、ああ恐ろしい、と思うのですが、FLANGEさんが使う機会は指を縫うレベルではなさそうです。

ここをこうやってああやってこんな感じに、ああいいねいいね、みたいな打ち合わせをしてきたのですが、家具が作れるなんて私にしてみればミラクル。ホントにできるんですか?すごいねFLANGE 上田さん。

2010/12/12

ロンドンのこととか

7年ぶりにロンドンに行き、7年ぶりに友達に会い、彼らにとっては一続きの時間で色々な流れがあっての現在なわけですが、私にとっては間がなく、とつぜんに対面した彼らの現在と状況に、なかなか、じわじわと動揺したりしています。






7年前にロンドンに行ったのは友人のKarenの結婚式のため。Karenと旦那のPaulは結婚後実家の近くの田舎に引っ越し、今は2人の子供の親です。Karenは結婚前はHikaru Noguchiでバリバリと働いていて、イタリアの糸の展示会に行ったこと、パリやロンドンのファッションウィークでの事、とても懐かしいわ、と言います。今も何かやってみたいけど、もうファッション業界から遠のきすぎてしまって何をどうしたらいいのか全然わからない、と。


London College of Fashion で仲が良かったIvanは、ロンドンで4年も頑張ってショーもやっていたのにデザイナーを辞めてしまいました。私は思いのほか彼が辞めてしまったことがショックだったようで、今もしんみりしてしまいます。


初めて彼に会った時、マルジェラのオールインワンがとても似合っていて、きっとタダ者ではない、彼と仲良くなりたい、と私に思わせた人。服なんか作っても全然売れないし、いつも不安でHappyではなかった、自分だってHappyになって皆のように人生を楽しみたい、と語る口調がとても強くて、そんな事は私もよく考える事でもあるし、自分の事を言われているようで私の心に深く突き刺さる言葉でした。






同じCockpit Workshopsにスタジオを持っていたKizittaは、今何をやっているの?と聞いたら、センズベリー(イギリスのスーパーマーケット)でパートタイムでレジをやっている、とつまらなそうに答えました。彼女は毎週ポートベローにストールを出していて、日本のセレクトショップにも売っていたし、チャーミングな人柄とエキセントリックな服はとてもマッチしていて、そのまま上手くやっていけると思っていたのに。







彼らにとっては7年の流れの中で今があるし、決して今が不幸なわけではないのに、私が少し残念な気持ちになるのは、きっと私は物を作っていた人にはずっと続けていて欲しかった、という勝手な望みがあるんだな~、と。






すべての物を作る人には、今やっていることをどんな形でも続けていってほしいと改めて思います。

2010/07/23

アー暑い。
先週の梅雨明けから正直あまり仕事をしていない気がします。
ずっと部屋の中にいても暑いし眠いし。

暑いし眠いし、しか考えられなくて逆に最近精神的にとても健康です。


先週久しぶりに骨董市に行き、毎度のことですが、出会いがなければ一生買わなくて済むような、そうまさにどうでもいい買い物をしてきました。

お花が入ったガラスのランプを売ってくれたオジサンが、「こういうものは出会いだからねえ」と力説。

ランプは点けても暗いです。
鳥の置物はうちのピースケさんの様子にそっくり。
ダルマは花瓶にするつもり。

ポストは骨董市じゃなくて郵便局でもらいました。これから年月が経つとともに、絶妙なガラクタになっていくであろう風格を感じます。


2010/06/28

さっき書き終わってから最近の事を思い出してみました。

色々あったな。さすがに。

2010年の秋冬ものとして、イギリスの作家さんにマフラーをお願いしていて、
しばらく彼女とやり取りをしていました。私はこんなものが欲しいんだよ、
マフラーが欲しいよ、できたら郵便料金も含めて私に請求書をまず送ってよ、
などなど、日々やり取りです。

彼女から「私もう出来ちゃった、すごいでしょ」というメールが来たので
写真を見せてよってお願いしたのに、次のメールでは「もう送ったよ」という連絡。
しかも送料が17000円って。 

いったい全体どういう送り方したんだよ、バッカじゃないの?

と書きたかったんですが、私も大人なので多少やわらかく、しかし私はUNHAPPY、
しかも商品の写真も見てないし、送り方も普通聞くべきじゃないか?と。

そしたら「じゃあ送るよ」と大量の写真がファイルで添付。
しかも意味不明の本人のスナップ写真もいくつもあり(しかも写真横向き)。

荷物は何週間もかかってようやく最近到着したんですが、

でたっ! やっぱりっ!

意味不明の微妙な大きさの箱2個で来たし。料金これで2倍っ!

あけてびっくりっ!

まさかのマフラーそのまま箱に入れたかっ! 
普通なんとなくでもビニール袋的なものに包んでみようかと思わないか?
西荻から新宿でも私はそうするよ。
ああ、しかもふんわ~り商品はいっているよ。
ふんわり入れたかっ。
つめつめにしたら一箱で済んだじゃん。

そんなわけで、日本人的常識と、英国人というか彼女の常識の相違にぎゃふん。

ここで皆さんに言いたいのは、世の中にある海外のもの、
特に作家ものやデザイナーさんのものは日本の誰かが少なからずイライラしながら輸入していて、私たちは「あら高いわね」と思いながら買う訳だけど、イライラ代も含まれていると思ったら安いものだということです。

2010/05/06

ツイッターを始めて1カ月ほど経ったように思います。

人々のツブヤキに情緒を乱し、しばらくツブヤキ見ないWEEKを設けたりの個人的葛藤の1カ月でした。


仕事中はJ-WAVE=J-WAVEは仕事、という感じなんですが、
一人でラジオを聴いていると、今すぐ誰かに伝えたい突っ込みドコロもちらちらあります。

あれはいつだったでしょう。
薄ら寒い中、薄いグレイの部屋で地味な仕事を一人でやっていると、
いつものようにクリスペプラーさんの素敵な声。

「中居正広主演

『私はになりたい』 」



え? え? クリスさん、今 具っていったよ、ぐっていったよ~。

えーーーーーーーー!


あの時の様なもどかしさ、フレッシュな時にフレッシュなまま物事を伝えられないつらさ、
そのような苦しいことがないように、
今の私にはツイッターがあります。

クリスさんには常に期待しています。

あと、具になりたい、の時、クリスさん訂正しませんでした。
そこも、つっこみどころです。

2010/04/08

月曜の搬出の際、赤帽さんに荷物を運ぶのをやってもらったのですが、
部屋に荷物を入れてもらっている途中、ゴチャゴチャ鳴いているピースケさんを見て赤帽のオジサンが嬉しそうに言いました。

「何かしゃべってますねえ」



「十姉妹(じゅうしまつ)ですか?」



え~!! うちの美しいピースケさんを今 十姉妹って言いました? え~っ!
ぜんぜん違うし~!
私とビヨンセくらい違うし~!!


セキセイインコなんですよ、と大人の返答をしましたが、顔の引きつりは隠しようがありませんでした。

2010/03/29

もうすぐ展示会です。
昨日は近所の友達たちに集まってもらって、値段を決める会議をしました。
面倒くさいものは高く、楽なものは安く。
準備はさすがに出来つつあります。

展示会中は特にすることもないので、青山に通勤しているおしゃれ会社員風な一週間を過ごしてみたいと思います。

あと 気になるのが、ユトレヒトの告知のところにあるツイッター(カタカナで書くとなんか変)のツイート数の表示。
今のところ0なんですけど、あれは人気がないという事でしょうか?
ツイッターそのものの面白みとか使い方が今のところ意味不明なので、0を克服するための手段がわかりません。

寒い。
すごく寒い。
寒いナウ。

2010/03/09

昨日 イギリスに住む親友キャレンからメールがきました。

クリスマスプレゼントとカードを送ったのに、
今日戻って来ちゃったんだけど受け取ってないの? 

という重大な件と、毎日走っていてジムにも行き、水泳をやっていて
腹筋が6つに割れ、私はすっごい健康です!というどうでもいい内容。


昨日の夕方、上海に住むベンからメールがきました。

可愛いカードありがとう!今日届いたよ、とってもラブリー。

わお、私が送った年賀状の事だよ。遅すぎじゃない?
ベンがそのカードを年賀状っていう意識で受け取っているかも微妙。


二つの郵便物の空白の数カ月が気になります。


すぐにキャレンに返事をしました。

私は今年に入ってからメキシコとアメリカと香港に行ったので、
イギリスにも行けそうな気がしてきました。近いうちに遊びに行きます。

ぜひウチに泊ってね。一緒にジムに行こうよ。

と返事が。


すごく嫌です。

2010/03/05

地味な日々です。
私はあんまり友達がいないのかもしれません。

昨日 3年くらい前に会って、今度ご飯に行こうよ、となったまま
うやむやになっていた男子から唐突に「ごめん、ご飯に行こうって言っていたのに」と電話があり多少たじろいだものの、んもうっ ホントにいい加減なんだから、と3年前の約束はそのまま再び持ち越され、じゃあ今度ご飯ね~と また曖昧な約束に。

3年の軽さをふと考え入ってしまいました。

考えた結果、3年は短かったが、私はその間にだいぶ成長しているという事に。
いやいや、たいしたもんです。

と 自分を肯定する展示会前の深夜。

2010/02/14

寒いですね。寒いのは嫌ですが、来月になっちゃうと展示会やらないとならないので、ずっと2月でいてくれって願ってみたり。

メキシコから帰って現在に至るまでに、また海外に行ってきました。
今年に入って既に3カ国に行き、今年は私頑張ってますね。
80歳までに80カ国訪問が目標なので、着々と目標に近づいてます。
1年に3カ国だと、19年後には目標達成です。関係ないですけど、
定年前には達成できそう。
よかったよかった。

2010/01/14

せっかくなんでメキシコのことでも書いてみようと思います。
わが社は15日まではまだ本気で仕事しなくてもいい、っていうことにしました。


メキシコは、なにはともあれとにかく英語が通じない。
常にスペイン語単語の暗記に明け暮れました。
店に入って何も通じなさそうだと、
きょとんとした無邪気なアジア人を装い切り抜け、

負けてはならねえ、という時はイギリス英語でガツンと言う強いアジア人。
いずれにせよ、アジア人。

買い物の時に必須の数字を覚えることはとっても大事ですが、
私にとってはお湯も大事。外国ではお湯が出ないことも結構ある、
という事を久しぶりに思いだしました。

フロントでの交渉も、とにかく
「お湯?お湯?」(アグア カリアンテ?)
ばっかり聞く私。
出るって言ってる様子だから泊まったのに、出ないじゃんかっ!と翌日怒ると
「シンコとセイスの間だ」って。


なに、5時と6時の間だけって、

短いしっ。



日本はお湯が沢山出て、本当にいい国です。

2010/01/13

昨日メキシコとサンフランシスコの旅から戻りました。
やっとのことで家の付近まで来ると、部屋に灯りが点いていて明るいではないですか。

なんか嫌だな。

ああ、やっぱり!室内には不審者なんていないしっ!

私の馬鹿馬鹿。2週間も点けっぱなしかよっ。

メキシコの田舎町でも、サンフランシスコでも
「袋はいらないですっ!」とエコ活動してたのにさ
(メキシコではノーしか言っていないけど、スペイン語わからないし)。


というわけで、しばらく昼間明るいときは電気を点けずに無駄を取り戻そうと思います。

さっそく今日から点けていません。